ジョーカー・ゲーム

ジョーカー・ゲーム

ジョーカー・ゲーム

結城中佐という魅力的なキャラクターを創造し得たこと、および短編集であるところが成功の要因か。この作品を作者の最高傑作とするのは、『はじまりの島』『饗宴』のような巧緻なミステリを書き上げた柳広司に対し失礼ではないかと躊躇われるものの(ミステリとしては、『ジョーカー・ゲーム』は柳作品の中では軽量級に属する)、読み物としては柳作品の中で最も面白い。面白いので、続編を読みたくなってしまう出来栄えと言える。雰囲気も素晴らしい。
ただし、ミステリとしては、ある種の傑作スパイ小説*1のパターンを並べてみせたような作品集なので、スパイ小説としては「入門編」といったところ。独自の創造性には乏しい印象を受けた。しかし、こうやってスパイ小説の面白さを示した本が売れて、それで別のスパイ小説に手を伸ばす読者が現れてくれるなら、それはそれで良いことではないかと思う(とくに多島斗志之の初期作品にはぜひ手を伸ばしてほしい! ほか、海渡英祐の『白夜の密室』『燃えつきる日々』とか)。
 謎解き的興味で読むなら、「幽霊」「上海」は読んでいるうちに仕掛けが見えてしまい、「ロビンソン」は後出し情報が多すぎるので謎解きとしての評価は躊躇われる。ただ、だからこそ「ロビンソン」は面白くなっているとも言えるのだ。それは、単なる本格ミステリをやってしまったせいで結果として集中最もつまらない出来に終わってしまった巻末短編「XX(ダブルクロス)」の存在を見ても明らかだろう(但し「XX」は結末の結城中佐のひとことが全体を締めていて、それはそれで見事な処理と言える)。この短編集は、やはり読み物として高く評価すべきだろうと思う。個人的には、集中のベストは冒頭の表題作「ジョーカー・ゲーム」です。

*1:スパイ小説といっても、たとえばグレアム・グリーンヒューマン・ファクター』やジョン・ル・カレの諸作のように文学的で重厚なものから、ロバート・リテル、マイケル・バー=ゾウハーのようにどんでん返しを主軸に据えた遊び心の強いものまでいろいろあり、『ジョーカー・ゲーム』は後者のグループに属する。エリック・アンブラーブライアン・フリーマントルまで含めて語り出すと異様に長くなってしまうため、これは飽くまで乱暴な分け方だと考えていただきたい。