ジョン・ブラウンの死体

ジョン・ブラウンの死体 世界探偵小説全集 (18)

ジョン・ブラウンの死体 世界探偵小説全集 (18)

世界探偵小説全集第二期配本作品を今頃読んでみる。
シャープなプロット、それに流麗な情景描写を肉付けした本格ミステリの秀作。E・C・R・ロラックというと、これまで一冊も読んだことがないにも関わらず〈小味な作家〉のイメージがあまりに強く、この値段(本体2300円)を払ってまで読む気にはなれないでいた、というのが正直なところ。しかし値段を考えなければ小味な英国女流本格というのは大いに好みではあるので、一念発起して買い求めたが、果たして期待は裏切られなかった。
基本的にポイントはひとつで、それを主軸にして全体を騙しのヴェールで隅々まで覆ってみせるテクニックが素晴らしい。ゴテゴテと謎と仕掛けを盛り込めば良いわけでは決してないのだ。シンプルだからこそ意外性も増すというもので、そのテクニックの見事さは、確かに詐術のマエストロであるアガサ・クリスティーにも比肩する。エルキュール・ポワロより探偵役に華が無い点で大衆的な人気は得にくいかも知れないが、技巧はむしろ華麗とも言える域に達しているのではないか。情景描写の質も高い。
惜しむらくは訳文が生硬、また置き換えるのにもっと的確な日本語が他にあるのではないかと感じられる個所が散見された*1(それにしても、「あんパン」って原書では何と記されてたんだ?)。若い翻訳家を育てることもミステリ界の急務なのではないかと思う。

*1:世界には読むべき作品が無数に存在するので、買い求める以上は「どんな訳でもいいから訳してくれてありがとう」などとは自分は露ほども思わない。