武器商人

武器商人 (徳間文庫)

武器商人 (徳間文庫)

書棚を整理していて、読み忘れていたことに気がついた。中編「狼奉行」で第106回直木賞を受賞した著者の、小品と言うべきシンプルな時代小説。
文庫版の内容紹介には「歴史ミステリー」とあるが、むしろ帯に書かれた「幕末から明治へ。混沌の時流の中、殺人事件究明に賭けた商人の物語」という文章のほうが本書の内容を的確に表している。つまり殺人事件は描かれているが、この小説の本題は謎解きには無い。
この時代小説の面白いところは、幕末に暗躍した武器商人エドワルド・シュネル(実在の人物)に付き従った日本人を主人公にしているところで、つまり本書は通常批判意識を持って描かれることの多い武器商人側を主役に据えている小説なのだ。そして、作者は異文化間に発生した埋め難い意識の溝や差別意識を丹念に描いてゆく。300ページに満たない長さの、シンプルな仕立ての小説だからこそ、テーマも明確に立ち現れる。日本と異国との間で微妙な立場に立たされる主人公の設定も面白い。終盤の主人公の台詞「うまく説明できねえが、慎五さんはあたしなんです」――おそらくこの一行を書くために、著者は殺人事件という謎とその解明を用意したのだろう。
高橋義夫はこの他にも『闇の葬列 広沢参議暗殺犯人捜査始末』*1『黄塵日記』(講談社文庫)や『北緯50度に消ゆ』(新潮社)*2など、ミステリや冒険小説と銘打たれた作品がいくつか存在するので(『闇の葬列』『北緯50度に消ゆ』は直木賞候補作)、時間を見つけて読み進めてゆきたい。

*1:同じく広沢参議暗殺事件を扱った作品としては、近年では翔田寛の『参議怪死ス』(双葉社)が出色。なお、『参議怪死ス』と山田風太郎『明治断頭台』は併読するとかなり面白い。

*2:新潮ミステリー倶楽部刊。