ラ・パティスリー

ラ・パティスリー

ラ・パティスリー

『火星ダーク・バラード』で小松左京賞を受賞した作家の長編第三作は、しかしまったくSFではなく、神戸を舞台にしたパティシエ小説。
業界的興味で楽しく読めるのだが、惜しむらくは読んでいてもケーキを食べたくならない。いや、ちょっと違うか。ここに登場する店のケーキを食べてみたいと思わせてくれないのだ。ケーキの外観やつくり方などの情報は大量に与えてくれるが、味わっている描写がほとんど無いからだと思う。
だからこの小説は、その意味でもケーキ小説ではなくパティシエ小説=業界小説となっているのだが、果たしてそれでよかったかどうかは疑問。情報量にストーリーが負けてしまっている点も気になるし、主役級のケーキ職人が記憶を失くしているという設定も必要だったかどうか。記憶を失くしている人間がほとんど悩むこともなく、自分の過去を探そうともせずに毎日淡々とケーキを作っているというのはどうにも釈然としない。それにこのひと、住む場所は自分で見つけてきたのだろうか? 契約は誰が?
というわけで疑問が山積する内容だったが、しかしそれでも最後まで楽しめたのは情報の面白さか、この作家の可能性か。いずれにせよ、ケーキに関する情報を三分の一カットし、設定に関する説明を二倍に増やせばもっと優れた小説になったはず。