キングの身代金

キングの身代金 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-11)

キングの身代金 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-11)

正月くらいは読み逃した名作を。87分署シリーズの初期傑作として誉れ高い長編――というより、現在は黒澤明の名作映画「天国と地獄」の原案になった作品として記憶されているのかも知れない。
富裕なキング家の子供を攫ったはずが、誤って運転手の子供を攫ってしまった誘拐犯は、開き直ってキングに身代金の支払いを要求する。しかしキングは会社を掌中に収めるため株を買い取ろうとする直前だった。筆頭株主の夢と運転手の子供の命を天秤にかけ、キングは苦悩する。
唖然とするほど読みやすいが、さすがに現在ではこの筋書きではシンプルすぎるか――と思っていたら、後半の盛り上がりに驚かされた。凄まじい苦悩の淵にキングを追いやる作者エド・マクベインの周到なストーリーテリングに目を瞠らされる。キングとその妻の口論シーンは圧巻のひとこと。ラストは、21世紀現在の作家であればこうはしないだろう甘めの仕立てになっていて、そこがやや物足りないが、1950年代の作品にそこまで現代性を求めるのは酷だろう。エド・マクベインすげー。心を入れ替えてもっと87分署シリーズを読もう*1

*1:87分署シリーズは第一作『警官嫌い』のほかは『殺意の楔』しか読んでいない……。『警官嫌い』と同時期にトマス・チャステインの派手な警察小説を読んでしまったため、大したことが無いように思えてしまったのが勘違いの始まりだった。