ハンプティ・ダンプティは塀の中

ハンプティ・ダンプティは塀の中 (ミステリ・フロンティア)

ハンプティ・ダンプティは塀の中 (ミステリ・フロンティア)

著者の書きたいものの方向性が顕著に現れた連作ミステリ。
先行する長編『出られない五人』(ノン・ノベル)と並べてみると明瞭だが、この作者は限定状況下における皮肉なシチュエーション・サスペンスを書きたい作家なのだと思う。限定状況を考えて留置場に辿り着き、この連作を書き始めたのだろう。但し留置場を舞台に据えた以上、留置場の中で犯罪を起こすのは非常に無理があり、しかし外で起きた事件ばかり扱っていては折角の舞台が台無しだから、かくしてこのミステリは日常の謎に辿り着く。しかし悲しいことながら、日常の謎に挑んだ第二話の出来がいちばん悪く、また折角のシチュエーションを生かそうとした第四話も最後のどんでん返しに無理がありすぎる。結果として残りの第一・第三・第五話が楽しめたが、これらは外の事件を扱ったものだ。たぶん作者は自分が作り上げたシチュエーションにかなり苦しめられたのではないか(中では第三話が、内と外との二元中継で展開する意味をしっかり備えていて感心した)。
蒼井上鷹の短編は、面白いもののかなり無理矢理どんでん返しを連発しているものが目につき、結末に説得力が欠けていることも度々あるように思われるが、この作品集に収められた作品は総じて本格ミステリとしての結構が整っており、切れ味は鈍くなっているものの長いは長いでそれなりに成果はあるものだ、と感じられた*1。現段階ではノンシリーズの短編集のほうが煌びやかで面白いように感じられるが、割と既存のパターンに陥ることが多いので、将来的には本書や評判の良くない長編『出られない五人』(こちらも近々感想を書いておきたい)のほうのラインでこそこの作家のオリジナリティが発揮されるような気もする*2。今後、内なるストーリーテラーを育てて戴きたい(あと、もうちょっと愉快な読み心地を追求していただきたいのだが)。
 とりあえず本書は佳作集ということで。

*1:とはいえ、この作家が本格ミステリに強い愛情やこだわりを持っているとは思えないのだが。

*2:『出られない五人』は、国内作品では珍しい純粋な(あるいはヒッチコック的な)シチュエーション・サスペンスで、日本でこういう作品を複数手掛けているのは赤川次郎くらいではないか。