沈底魚

沈底魚

沈底魚

本年度江戸川乱歩賞受賞作。
近来珍しい新作エスピオナージュだが*1、結論から言えばほとんど感心しなかった。公安の描き方など浪花節全開でがっくりくるし(『ヴィズ・ゼロ』を読んだ後では尚更そう感じる)、何度か繰り返されるどんでん返しも単調なもので、この手のスパイ・ストーリーが持つはずの、迷宮を彷徨うような恐怖感がまったく感じられない。コインの裏表をひっくり返し続ければそれで意外性を演出できると作者は誤解しているのではなかろうか。
これを褒めてしまっては過去の傑作群(国内なら多島斗志之の初期エスピオナージュ、海外ならレン・デイトンやロバート・リテルの諸作)に申し訳が立たない、と思わざるを得ない。日本ホラー小説大賞短編賞のほうも受賞している作者だから力量はあるのだろうと思うので、そのうち刊行されるだろう受賞第一作ではぜひエスピオナージュ以外のものに挑んで戴きたい。

*1:だから、本書と前後して麻生幾の『エスピオナージ』が刊行されたのには驚いた。