スパイラル

スパイラル

スパイラル

すっきりシンプルなサスペンス。
目が覚めたら男の別荘にいた女は、なぜ自分がここにいるのか記憶が無い。男は女に、倒木で帰路が断たれたため数日間は二人でこの別荘に留まるしか無いと言う。果たして男の言葉は真実か――。表に作家新堂冬樹の推薦の言葉、裏に評論家池上冬樹の書評引用があるという紛らわしい帯が掛けられているが、基本的には池上冬樹の文章が最も的確にこの小説のポイントを言い表している。すなわち「これは男と女が出会ったときにおきる化学反応の一部始終を、隔離された別荘を舞台に描ききった作品である」。
限定状況の中で男女の心理の綾をサスペンスフルに描いた作品、ということでは藤田宜永『虜』や赤川次郎「孤独な週末」(尤も「孤独な週末」に登場する男は小学生だが)などの秀作が即座に思い浮かぶが、この作品はそれらと比べるとサスペンス色はかなり淡い。淡いが、個人的にはかなり好みの内容で、愛情と背中合わせの疑心暗鬼が抑制の効いた繊細な筆致で綴られてゆく様は素晴らしいと思う。結末も、俄かにケレン味に走ることなく静かに纏め上げられていて、やはりこの作品で印象に残るのは著者の抑制ぶりなのである。この作者の本ははじめて読むが、小説新潮長編新人賞を受賞したデビュー作『石鹸オペラ』が刊行された際にこちらが勝手に抱いたイメージとは、どうもかなり違う傾向の書き手のようだ(正直申し上げて、もっと下品で騒々しい書き手かと思っていた)。思った以上に土台のしっかりした書き手のようなので、機会があれば『石鹸オペラ』のほうにもぜひ手を伸ばしてみたい。
油っぽい料理が続いたあとに、冷たい水をひとくち飲んだかのような、すっきりしたこういう作品が今は無性に好ましい。