堕天使拷問刑

堕天使拷問刑 (ハヤカワ・ミステリワールド)

堕天使拷問刑 (ハヤカワ・ミステリワールド)

475ページ二段組の超大作だが、思ったよりあっさりしていて、だけど変。
この著者らしい変な内容で、嬉々として書き綴る作者の顔が思い浮かぶようだ。お世辞にも上品とは言えないトリックを駆使した本格ミステリのプロットに、ホラー趣味を同じ分量投入した結果大作になったという印象で、従来の飛鳥部作品より気迫に溢れた壮大な本格ミステリという感じはせず、あっさりさらさらと読める。
基本的には面白かったという前提で話を進めるが、著者はおそらく作品を短く纏めようなどとはまったく考えていなかったに違いなく、たとえば第二部に「第十一章 オススメモダンホラー」という章があるので何なのだろうと思っていたら、本当にオススメモダンホラーガイドが縷々書き連ねられていて驚いた。ちなみにこれを書いたのは中学一年生という設定なのだが、『インキュバス』やら『悪魔の見張り』やら『淫獣の幻影』やらを嬉々として語る中学生になど出会いたくないものだ。というか、そんな奴いるわけがない。これは主人公にも言えることで、彼は中学一年生にしては矢鱈に物怖じしないハードボイルドな性格の持ち主だ。つまり、作者はそういうリアリティに気を配るつもりはまったく無く、だからこれはそういう作品として読まれるべきだろう。作者が趣味に淫するための作品なのだ。
それにしても(繰り返すが)変な作品で、ホラー趣味満載の物語ならば奇怪な老婆との出会いの場面などいかにもおどろおどろしく描きそうなものだが、なぜかそこはほとんどコメディのように描かれる。倒立美術館にはもっと壮大な謎があるのかと思えば、そこは想像通りの解決しか待っていなかったりする。かと思えば、殺害トリックのひとつは異様に悪魔的だったりする(リアリティは無い)。いきなり蛇が出てきて大暴れし、ドタバタ殺戮シーンが繰り広げられる。蟹女が出てくるが、彼女はほとんどミステリの骨格とは関係が無い。しかし獣×は関係がある。何なんだこれは*1
というわけで、きわめて読者を選ぶ作品だろう。なお、名前に覚えがあったので調べてみたら、影屋刑事は『レオナルドの沈黙』(東京創元社)の登場人物でもあり、そして美術館の管理人はなんと――これは読了後に御自身でお調べください。ああ、変なもの読んだ。

*1:いや、つまり、いつもの飛鳥部なのだが。