人形の部屋

人形の部屋 (ミステリ・フロンティア)

人形の部屋 (ミステリ・フロンティア)

古今東西のペダントリを駆使して描かれるのは、たったひとつの家族の幸せ。
上述の点が何よりユニークな、ミステリ・フロンティア第39回配本作品。冒頭の表題作から意表を衝かれる。人形の足が壊れたというだけで、大した謎も提示されず淡々と進行していると思ったら、解決に至りそれまでに提示されていた話題がパズル的に収斂されていって驚かされた。まさか天智天皇やブルマ話までが謎解きに絡め取られてゆくとは……。以下、メール暗号を解読する過程でさまざまなペダントリが語られ、遂に行き着いたひとつの名前に「ああ、ここに辿り着くまでになんと多くの世界の知識が語られたことか」としみじみしてしまう「お花当番」、集中最も読者の錯誤を狙いながら、ペダントリは比較的抑え目にして〈家族〉というテーマに一気に絞り込んでゆく「お子様ランチで晩酌を」が続く。そしてこれら三中編のあいだに、対称的なふたつの短編を挟み込むという構成が採られており、前半「銀座のビスマルク」は完成度で判断すれば集中いちばんの出来栄えかも知れず(入浜式塩田と文房具の話が意外な形で結びつく)、後半「夢見る人の奈良」は作者自身の作風に自嘲的な内容とも受け取れるのが興味深い。
博覧強記を前面に押し出した第一作品集『天才たちの値段』(文藝春秋)のほうが華やかな雰囲気ではあるが、同じように博覧強記を武器にしつつもまったく別のベクトルを提示してみせた『人形の部屋』のユニークさに脱帽。類似品が一切思いつかない。上品ながら個性豊かな筆運びも印象的で、この先何を描くか大いに楽しみな新鋭と言えるだろう。