泪坂

泪坂 (光文社文庫)

泪坂 (光文社文庫)

 帯には「父と娘の深い絆がひとつの奇蹟を生んだ」とあるが、倉阪作品が人情譚というだけで終わるとはおそらくほとんどの読者が考えないに違いなく、実際この作品にはある仕掛けが施されている。しかしそれを見抜くのは簡単で、作者も仕掛けをそれほど隠そうとしていない感さえ受ける(意外性より、細かな技術を駆使したつくりに感心した)。
 今回は矢張り人情綺譚がベースになっていると解釈するのが妥当で、ラストの余情にはほのかに温かな気持ちにさせられた。倉阪ワールド自体はいつも通りで変化はほとんど見られないが、方向性をちょっと変えただけでかなり新鮮味のある作品になったと思う。面白い試みとして今後この傾向の倉阪作品にも注目しておきたい。