ALWAYS 三丁目の夕日

三丁目の夕日 (小学館文庫)

三丁目の夕日 (小学館文庫)

西岸良平原作映画の公開に先駆けて刊行された連作短編集。但し、漫画および映画のノヴェライゼーションというわけではなく、西岸漫画の作品世界を踏襲しながら山本甲士*1が新たに創作したストーリーである、らしい。山本の普段の作風からすれば、こういうノスタルジーを前面に押し出した作品を手掛けること自体かなり意外で、興味が湧いて読んでみた。
基本的にノスタルジックなストーリーは好きなのだが、そのストーリーが「昔は良かった」「今を生きる私たちは何か大切なものを失ってしまったのではないだろうか」という色彩を帯びると途端に嫌になってしまう。この連作にもそういう側面が無いではなくて、というか序文にしっかりとそういうことが書いてあって冒頭から幻滅したのだが、我慢して読み進めていたら中盤から単なるノスタルジー話になっていったので心地良く読み終えることができた*2。基本的に善意に溢れた話なのだが、善意を振り翳す嫌味は感じられないし、小さな悪意に対して異様に潔癖だったりすることもない。このあたりは作者の筆力の為せる業だろう。本書自体は斜め読みで充分な内容だが、山本甲士はこういうものも描けるということが判った点がいちばんの収穫だった。

*1:『ノーペイン、ノーゲイン』で横溝正史賞優秀賞を受賞してデビューしたミステリ作家。近作の『どろ』『かび』『とげ』が代表作。

*2:この作品の時代設定は昭和33年。この頃といえば松本清張水上勉が社会派ミステリを書き始めた頃で、巨悪だの社会の闇だのがしっかり存在していたし、貧富の差も大きかった。過去がユートピアであるわけがないのだ。今よりもマシな点といえば、人間が他人の善意を信じる勇気を持ち合わせていた、ということくらいではないか。