丘の一族 小林信彦自選作品集

先日読んだ『ラ・パティスリー』がパティシエ小説なら、こちらは〈和菓子屋の息子〉の私小説
芥川賞候補作「丘の一族」「家の旗」「八月の視野」および直木賞候補作「みずすましの街」の四編を収録した自選私小説集。平成八年に文春文庫から『家族漂流』という、ほぼ本書と収録作が重複する短編集が刊行されているのだが、各作品の並び順を逆にすることで『家族漂流』とかなり印象を違えており、また全編を通してある意味長編としても楽しむことができるという、豊かな読後感の一冊になっている。それにしても、『家族漂流』は時系列順に構成され、『丘の一族』はほぼ時の流れに逆行するように構成されているのだが、この『丘の一族』のほうが断然味わい深いというのは不思議なものだ。
読んでいると自然に背筋が伸びるような、ある意味清々しさを感じさせる文学だが、面白いのは『夢の砦』『紳士同盟』『イエスタディ・ワンス・モア』などのエンタテインメント作品と、読んでいるときの感触がほとんど変わらない点である。これは作家的個性が強いということの証左でもあるだろうが、ここでは至極単純に考えたほうが良いだろう。「やはり小林信彦は何を書いても面白いのだ」。終戦後、自分に碧い眼の親族がいることを知らされた主人公が、その親族ヘルム氏やその息子と交流する表題作「丘の一族」は、集中とりわけ硬質な魅力を放っている。和菓子屋の息子として和菓子屋の行く末を見つめる「家の旗」も素晴らしい。
巻末には坪内祐三の解説を収録。なぜ小林信彦芥川賞を獲れなかったのかという疑問を緻密に検討し、当時の文壇の思考や構図を浮き彫りにする論考は、それだけでも十分に読み応えのある優れたものだ。文句なしの一冊。