落下する緑

田中啓文鮎川哲也に捧げた本格ミステリ集。山下洋輔推薦。
とにかく読んでいて気持ちの良い作品集。小味な話が多いので年間ベスト級傑作とまで称揚するつもりは無いが、楽しく一気読みした。謎解きは小粒だが引き締まっており、著者が愛するジャズの魅力に溢れていて、明るいユーモアにも彩られている。なんと、あの田中啓文の作品であるにもかかわらず、洒落た味わいさえ漂っているのだ。作家としての出発点となったデビュー作「落下する緑」を連作化した作品集なので、これが田中啓文の原点とも言えるだろうが、しかし同時にこれは間違いなく作者の新境地でもあるだろう。
また、田中啓文は芸能・芸術を描かせると力強い才能を発揮するのだな、と確信できたことも収穫だった。先行する落語ミステリ連作集『笑酔亭梅寿謎解噺』(これも素晴らしい出来栄え)のほうがビルドゥングス・ロマン的性格もあって個性は強いが、個人的にはこちらの穏やかで洒落た空気のほうが好み。探偵役を務める天才ジャズプレイヤー、永見緋太郎の飄々とした性格造形も大きな魅力だ。ミステリとしては「落下する緑」と「揺れる黄色」のシンプルな意外性が印象に残るが、「虚言するピンク」のラストの何とも言えない暖かさ、そしてジャズのセッション(楽しそう)を通じて推理を展開する「砕けちる褐色」の意欲を大いに買う。このシリーズはぜひ続けてほしい。