吾輩はシャーロック・ホームズである

果たしてこの作品が長らく告知されていた(そして難航していたらしい)『倫敦塔殺人事件』なのだろうか。それにしては軽量級だが。
英国留学中の夏目漱石が英国文学の重量感に押しつぶされそうになり、大衆小説に逃避した結果、自らをシャーロック・ホームズと思い込むようになってしまった……という話。パロディ色が強く、お遊びがきつくて漱石に失礼ではないかとも思われてしまうが、なかなか楽しめた。しかし本格ミステリとしての完成度はあまり視野に入れていないのか、倫敦塔を跋扈する魔女の正体には(読み落としていなければ)伏線が張られていないようだし、トリックもきわめて古めかしい*1。しかし今回は動機および事件の背景に深みがあって面白く、また193頁以降の20頁には「一体何をやるつもりか」と度肝を抜かれた。結局は半ば宙ぶらりんな形でこのシークエンスも処理されてしまうが*2、このシークエンス自体が素晴らしいことに代わりはない。
 というわけで結論。美点も欠点も多々見られる作品だがそこそこ好印象。

*1:もともと柳作品に独創的なトリックは見当たらないが、しかし本書のトリックは降霊会が登場するミステリではほとんど「前提」のように扱われるもの。他の柳作品のように、トリックのチープさを補強する本格ミステリ的な要因も本書には見当たらない。

*2:この欠点は、さらに悪い形で『新世界』にも見受けられた。