暁けの蛍

暁けの蛍

暁けの蛍

四十八年に一度、二十三夜にだけ渡ることができる暁蛍楼に招かれた一休と世阿弥。ふたりの生涯が暁蛍楼において交錯する。
瞠目。朝松健の時代小説には「才はあっても野暮ったい」という印象があって、いつの頃からか敬遠していたのだが、久々に本書を読んで「ついにこの境地に達したか」という感銘を受けた。さらなる洗練の余地はまだあるだろうが、前半で語られる一休の半生、後半で語られる世阿弥の足跡、ともに歴史小説としてたっぷりと読ませる。そして、このふたりの生涯を繋ぐのが「暁蛍楼」という幻想趣向で、この構成も見事だ。世阿弥が初めて足利義満の前で「翁」を舞う場面の絢爛たる迫力*1はとりわけ素晴らしく、最近の時代小説の中でも出色の名場面と言えるのではないか。欲を言えば、世阿弥と義満が始めて言葉を交わす場面などはぜひとも挿入してもらいたかったところだが*2、慎ましやかな様子が快い、端整な傑作である。私的「今年のベスト5」候補。

*1:ちなみに、このふたりの組み合わせが出てくるとどうしても山田風太郎の『婆娑羅』(講談社文庫)を思い出してしまうが、本書は『婆娑羅』とはまた違ったタイプの魅力を持った小説である。なお、佐々木道誉の生涯を描いた『婆娑羅』では、終盤において世阿弥と義満の性交を道誉が目撃する場面が描かれていたような記憶があるのだが、本書では道誉は世阿弥を義満に紹介する前に死去したとある。どちらが正しいのだろう?

*2:世阿弥にとって生涯を通じて巨大な存在であり続けた足利義満の描き込みが多少薄い点が本書の残念なところ。義満の巨大性が増せば増すほど、世阿弥の肖像もさらに鮮やかになったと思うので。