三年坂 火の夢

三年坂 火の夢

三年坂 火の夢

ミステリとしてあまり類を見ない道行きを辿る異色作。
「舞台が明治」「本格ミステリではない*1」「鬼面人を驚かすような謎やハッタリが見られない」という点からミステリファン、それもネットのミステリファンにはおそらく不評を買うのではないかと懸念される長編だが、たいへん気に入った。作品の半分が「東京の坂を調べる」ことに費やされ、これがどういう結末に結びついてゆくのかよく判らず、だからこの辺りを楽しめない読者は相当苛々させられるだろう。しかし、まさにそこがこの作品の魅力なのである。本書は一種の都市小説として秀逸で、島田荘司『火刑都市』(講談社文庫)、小野不由美『東亰異聞』(新潮文庫)と肩を並べる都市ミステリであると言えるのだ。一方、ミステリとしては構成が若干変だと感じられたが、結末には律儀に意外性が用意されているし、もともと「東京の坂を延々と調べる」展開自体がミステリとしては異色なので、あまり気にならない。むしろ、独創的なミステリと評価すべきだと思った。後味もいい。
登場人物の口調が時折妙に現代的なのは気になったが、明治の雰囲気が出ていないわけではなく*2、当時の学生を描いていることから微かに梶龍雄のナンバースクールものを想起させるなど、いろいろな意味で気に入った作品。巻末の選考評からだいたい想像はつくが、孤軍奮闘でこの作品を推した綾辻行人は偉いと思う。
以前、途中で読むのを止めてしまったこの作者のデビュー作『レテの支流』(角川ホラー文庫)ももう一度手に取ってみようと思った。あと、森まゆみの『鴎外の坂』(新潮文庫)は当然のように参考文献に挙げられていた。そうだろうなあ。

*1:念のために書いておくが、本格ミステリの要素は持っている。

*2:私見だが、「当時の雰囲気が出ていない」と批判する読者は、ふだん時代小説を読んでいないことが多いように思う。