愛闇殺

愛闇殺 (ハヤカワ・ミステリーワールド)

愛闇殺 (ハヤカワ・ミステリーワールド)

第101回直木賞受賞作『遠い国からの殺人者』(文春文庫)から17年。あまりにも懐かしいので買ってしまった*1
ハヤカワミステリワールドの新刊。この作家のミステリ系作品はまず間違いなく法廷もの(『漂流裁判』『女性被害者』など)かアジア諸国を絡めたサスペンス(『遠い国からの殺人者』『砂漠の岸に咲け』など)であり、本書は後者に属する。舞台となるのはタイ。殺人者の余罪を調査するためタイに飛んだ刑事一行の活動と、双子の兄に犯罪計画に引きずり込まれたタイ在住の男の苦悩が交互に描かれる。さすがにかつて直木賞を受賞しているだけあって人間描写は練達の域に達しており、いい作品ではあるのだが、残念ながらミステリの部分がつまらない。保身のために男が立てる犯罪計画が粗雑すぎるのだ。これに対してタイに飛んだ刑事のパートは面白く、なんと言っても主人公の刑事の造形が光っている。これに加え、被害者の愛人と加害者の娘、二人の女性の造形と彼女たちの遣り取りが印象に残った。本書でもっとも鮮やかな部分と言ってもいいだろう。ラスト50ページの展開も(賛否両論あるかも知れないけれど)叙情的で心に残る。
やや観光ガイド的なタイの描写は、興味の無い者には少しばかり安っぽく感じられるものの、それなりに異国情緒を醸し出している。というわけで叙情的な佳作だと思うが、これでもう少しミステリ部分がしっかりしていたらなあ……。

*1:とはいえ笹倉明祥伝社の400円文庫シリーズで『上海嘘婚の殺人』(2003年刊)を発表しているので、本書が彼の久々のミステリというわけではないのだが。ちなみにこの作家は『漂流裁判』でサントリーミステリー大賞を受賞したのだが、同年に読者賞を受賞したのは樋口有介の『ぼくと、ぼくらの夏』だった。