トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン

傑作まであと一歩。
第二次世界大戦終結直後、巣鴨プリズンで起きた連続殺人の謎に挑むのは、戦犯容疑で拘束された記憶喪失の日本人と、ニュージーランド人の私立探偵。――と、近来これほど魅力的な設定の本格ミステリは珍しい。『羊たちの沈黙』にやや近い雰囲気を醸しつつ、後半に至って鉄壁の密室の謎をメインにした数々の謎が解かれてゆく様は圧巻だ。柳作品では最早お馴染みとも言える超古典的トリックの再利用が今回もいけしゃあしゃあと行われているが、作品の異様な雰囲気によく合致していると思うから、これをもって批判する気にはなれない。細かな謎のひとつひとつが丁寧に扱われ解かれてゆく過程も快く、さらに今回は珍しく骨太の(というのは言い過ぎだが)ストーリーが用意されている点も評価しておきたい。今年発表されたミステリの中では格の点で突出しており、高く評価され読まれるべき作品だと思う。
ただ、小説的にはいくつか留保がついてしまう。作中に登場する美青年がありえないほど幼稚な精神構造の持ち主で、この美青年が登場すると途端に話が安っぽくなってしまうのだ*1。また、柳作品では定番の奇怪な幻想シーンが今回も出てくるが、この重要な場面の中で他人(金子光晴)の創作物を使用してしまうのは、創作者のスタンスとして正直どうなのだろう。ニュージーランド人の夢の中に、日本人が書いた詩を紛れ込ませる意図もよくわからない*2。主張が薄い登場人物たちも見分けはつくが個性的とは言い難く(ひとりを除く)、小説としては割とぼんやりした印象を受けた。
というわけで、これは小説としてではなく、本格ミステリとして評価するべき作品だと思う。その観点からは、年間ベストに入るべきクオリティだろう。

*1:『パルテノン』でも同様の欠点が見られた。この作者は美青年=白痴的というイメージを持っているのだろうか。なお、柳作品では、未熟な精神構造の持ち主あるいは常識の欠落した人物がある意味必須の存在になっているような気がする。

*2:『新世界』でも同様の欠点が見られた。……なんだか柳作品に関しては毎回同じことを書いているような気がしてきた。