イノチガケ 安吾探偵控

イノチガケ 安吾探偵控 (創元クライム・クラブ)

イノチガケ 安吾探偵控 (創元クライム・クラブ)

本格探偵小説への果て無き情熱。
安吾探偵控』第二弾。戦前の京都の酒蔵を舞台にしたオーソドックスな推理小説だった前作*1より、さらに面白みが増している。語り口がきわめて特殊なために読みにくく、また二つのトリックの種明かしは腰砕けの感があるものの(犯人の手記によって真相が明かされる点も物足りなさを感じたが)、本格探偵小説に対する奇妙な情熱が横溢していて読み応えがあった。戦時下、焼夷弾が降り注ぐ毎日のなか、人なんて殺してる場合じゃないのに人が殺され(しかも密室内で)、謎なんか解いてる場合じゃないのに〈賢人同盟〉の面々は謎解きに興じる。そのどうしようもない非生産性、やるせなさ、情熱をここまで愚直に描いた作品はあまり記憶に無く、謎解きとはまた別の本格ミステリの妙を味わえた。本格としての完成度はそこまで高くないと思うけれど、犯人の設定には一本取られたし(うまく騙されてしまった)、安吾と犯人の対決場面にも奇妙な哀しみが漂っていて感動的だ。特異さから考えても、これはかなりのものだと思う。たぶん野崎六助の現時点における最高傑作だろう*2。読んでよかった。それにしても、安吾の推理は最後まで外れるのだね。

*1:刊行当時は「この作者がこんなオーソドックスなミステリを書くなんて」と驚いたものだ。

*2:大作『煉獄回廊』(新潮社)を読んでいないので説得力に欠けるけれど。