暁の密使

暁の密使

暁の密使

一級のエンタテインメント、ではあるのだが。
帯の情報だけではどういう作品なのかよく判らなかったが、日露戦争前夜を舞台とした国際謀略ミステリだった。この作者がこういうタイプのものまで手掛けるとは思っていなかっただけに、作風の幅広さに感心。多作な作家ながら、資料調べにも手抜きが感じられず、相当な力作だったのだろうな、と思わせる。
しかし、たしかに力作なのだが、雑誌に連載された作品のせいか、その場その場の刹那的な面白さに拘泥しすぎていて、読み終えたあと不思議なほど印象に残るものが少ない。主人公などかなり魅力的なのに。一概には言えないのだが、ジェットコースター的展開の作品ほど厚みには欠けるということが、この作品にも当て嵌まってしまうように思われるのだ。匂い立つような中国の風土の描写なら生島治郎の『黄土の奔流』を、全体的構成とどんでん返しなら多島斗志之の初期謀略ミステリを、時代+冒険+謀略ものということなら伴野朗の初期作品(『五十万年の死角』など)を思い浮かべてしまうが、この作品はそれらの先行作品群と比べると、どうも印象が薄いように感じられてしまう。
下手ではぜんぜんないので、今度こういう傾向の作品を書く際にははじっくりと腰を据えて挑んで戴きたい。この分野はこの分野で、立ち向かうべき手強い先人の傑作がたくさんあるのだから。