樹霊

樹霊 (ミステリ・フロンティア)

樹霊 (ミステリ・フロンティア)

鳶山シリーズ久々の登場。
巷では『本格的』(原書房)や『痙攣的』(光文社)のような異色作ばかり持て囃されているようだが、危なげの無い本格ミステリ『中空』(角川文庫)でファンになった当方としては、こちらの作風のほうに断然愛着を感じる。なんというか、このシリーズなら同一のアベレージで二十作くらいは書ける、というような安定感が好きなのだ。どことなくとぼけた雰囲気が全編に漂っているのもこのシリーズの特徴で、一種のコージー・ミステリ的な味わいがあり、しかしきわめて折り目正しいオーソドックスな本格ミステリの体を備えている。気を抜いて気軽に読める良質のシリーズで、甦ってくれて素直に嬉しい。
本書については、とりたてて目新しいトリックは見当たらないが、それぞれ傾向の違う樹木移動のトリックを複数用意し一本の作品に纏め上げた器用さを買う。犯人の造形も面白く、無闇に凄んでみせない作品世界も心地好い。このシリーズ、日本における〈スケルトン探偵〉シリーズ*1だと勝手に思っているのだが、こういうプレーンな印象の本格ミステリを半年に一作、コンスタントに読めると嬉しいと心から思う。

*1:アーロン・エルキンズの代表シリーズ。第四長編『古い骨』(ミステリアス・プレス文庫→ハヤカワ・ミステリ文庫)でMWA最優秀長編賞を受賞。しかし基本的には小ぢんまりした良作をコンスタントに放つ愛らしいシリーズと言える。