イノック・アーデン

イノック・アーデン

イノック・アーデン

この風はかなたより
海をわたってここ西の地へ
百年あるいは二百年
はるかな一つの伝説を今に伝えて吹きまする。
あの潮騒が聞こえましょう――
風をはらんだその波は
くねる海辺の嶮岸が途切れた先の入江に到り
問わず語りに語り出します。

船乗りイノック・アーデンをめぐる、善人しか登場しない悲劇を、美しく綴った長編詩。
夏目漱石が称賛し、アガサ・クリスティーが長編『満潮に乗って』のネタに使用したアルフレッド・テニスンの物語詩を原田宗典が訳したもの。上記の序文はテニスンのものではなく、たぶん原田宗典の創作(入江直祐訳の岩波文庫版『イノック・アーデン』にこの序は無いので)。練り上げられたきわめて美しい序で、「百年あるいは二百年」「問わず語りに語り出します」が殊に素晴らしい。翻訳者が自作の序をつけるという行為には多少引っ掛かるところもあるけれど、朗読用の翻案に近い訳なので、これはこれで良いのだろうと思う。堪能しました。