水上のパッサカリア

水上のパッサカリア

水上のパッサカリア

第十回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。こちらは五十六歳の新鋭のデビュー作*1
ミステリとしては工夫や新味がまったく無く、また巷間ではハードボイルドと称されているが、それは飽くまで外見上のことで、本質はハードボイルドとは異なる作品だと思う。割合話題になった作品だが、純粋に出来栄えでというよりは、やはり著者の年齢と、(歴代受賞者には申し訳ないが)この賞始まって以来の佳作の登場という点でスポットライトが当たったと言ったほうが実情に適っているだろう。
ならばほとんど見るべきところの無い作品なのかというとそんなことはなく、この作品の場合、最大の特徴は異質な文章なのだ。上質な文章というわけではなく、たまに「どうにかならなかったものか」と思われることもあったが、とにかくこのセンテンスが長さはそれだけで充分にこの書き手の個性を強固に築き上げている。通奏低音として妙にロマンティックな詩情が漂っているのも印象的で、結末を読み終えてちょっとしみじみしてしまったのには我ながら驚いた。というわけで、ミステリ的にはそれほど期待していないが、次回作が刊行されたらおそらく読むだろう。もう一度書いておくが、日本ミステリー文学大賞新人賞史上では最上の出来であることに疑いは無い。

*1:もっとも純粋なデビュー作ではなく、以前に群像新人文学賞に応募した原稿が活字になっていたらしい。