異界

異界

異界

秀作。
舞台は昭和の熊野。探偵役は南方熊楠鳥飼否宇南方熊楠を描くのだ。これだけである程度の面白さは保証されたようなもので、そして実際、これはなかなかの秀作だった。
本格ミステリとしては、真相に絡んで登場するあるネタが多少余計だった気がしないでもないが、全体的によくできていると思う。途中、描写を読んで「もしかしたら」と思っていたことがラストの一行で裏づけられる点にも爽快感を覚えた(と同時に笑った。よくもまあこんなことを)。しかし、この作品でとりわけ印象的だったのは、サンカが自然な形で登場している点。こういう形でサンカと呼ばれる人たちがミステリに登場したことなど前代未聞ではないだろうか。鳥飼否宇のことだから差別的な視点で彼らを描いていないのは勿論のこととしても、とにかくびっくりさせられた。成程、探偵役は南方熊楠でなければならなかったわけだ。
この題材でこの短さに収まっている点も素晴らしい。小粒な印象が否めないという読者も存在するかも知れないが、大味より遙かに好ましいことではないか。エピローグ直前の異様な展開も申し分なく、『本格的』『痙攣的』のような作品より〈観察者〉探偵シリーズのほうを愛する自分としては、今回も好ましい気分で本を閉じた。