サファリ殺人事件

サファリ殺人事件 (海外ミステリGem Collection)

サファリ殺人事件 (海外ミステリGem Collection)

1938年の作品。
作者がかのオルダス・ハクスリーの従兄妹であるという興味だけで読み始めたが、結構楽しめた。世間からはおそらく「地味」「ケレンに欠ける」「ストーリー性に乏しい」「謎解きに意外性が無い」など散々言われるか、逆に黙殺されてしまうのではないかと思われるような小品だが、サファリのど真ん中にやって来たハンター一行のテントで宝石盗難事件と連続殺人が発生する、という設定がまずは異色。ある時刻に本当にバッファローの群れがこの地点を通過したのなら、容疑者のアリバイは確かに成立する、という前代未聞のアリバイ立証法もすこぶる楽しい。方向性としては伏線とパズル性で勝負したミステリで*1、パズル性についてはやや緩いように感じられる点もあるが、かなり大胆なたくらみを忍ばせている箇所も見られ、好印象を持った。
訳文はこなれているとは言い難く(おそらくは直訳なので誤りではないだろうが、何を言いたいのかよく判らない文章がところどころ見られる)、結末を知って読み返すと「もう少しこの場面は緊迫感が伝わるように訳すべきだったのでは」と思われる箇所もあるが、近年の古典発掘系翻訳ではかなりマトモなほうではないか。エルスペス・ハクスリーは寡作で、探偵役ヴェイチェルの活躍譚は本書を含めて三冊しか存在しないが、森英俊の紹介記事*2を読む限りでは第一弾の設定もかなり魅力的なので、できれば翻訳される機会があることを望む。

*1:自分が最も愛するタイプで、世間では最も歓迎されないタイプの本格ミステリ――だと思う。

*2:『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』(国書刊行会)を参照した。