雪沼とその周辺

雪沼とその周辺 (新潮文庫)

雪沼とその周辺 (新潮文庫)

こんなに素晴らしいのが判りやすく伝わってくるというのは、やはり相当素晴らしいことだと思います。
第四十回谷崎潤一郎賞、第八回木山捷平文学賞受賞。巻頭収録短編「スタンス・ドット」で第二十九回川端康成文学賞受賞。華々しい受賞暦を持つ連作に相応しく、一見素朴なように見えて、しかしいずれも高度につくり込まれた逸品揃い。雪沼という名の静かな町に住む静かな人びとの生活を連作形式で描いた作品で、とりわけつくり込まれた「レンガを積む」も素晴らしいが、個人的には「イラクサの庭」「ピラニア」に深い愛着を覚えた。「イラクサの庭」の結びの余韻の深さといったら! 結びの余韻の深さで言えば、「スタンス・ドット」も極上ではないか。「緩斜面」のラストにおける、防水シートが翻るダイナミックな描写も目の覚めるような鮮やかさだ。
池澤夏樹が解説に書いているように、雪沼の人びとはみな「篤実」であり(この「篤実」ほど本書を的確に言い表す言葉は無いだろう)、彼らの人生の点景を垣間見るうちに深い安らぎを覚える。勿論、雪沼の人びとが安らぎに満ちた生活ばかりを送っているわけではないが、「篤実」な人びとの生活はなんと魅力的なことか。薄く、そして読みやすい本だが、時間をとってゆっくり読み進めて良かったと心から思う。