アンダーリポート

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不満はあるが、やはり素晴らしい。
『Y』『取り扱い注意』『ジャンプ』『彼女について知ることのすべて』など、これまでにも佐藤正午はミステリやSFなどの趣向を取り入れた作品を書き続けてきたが、本書はとりわけミステリの手法を積極的に導入している。第一章、第二章では「真相」にあたる記述が大胆に綴られているが、読み始めの段階では登場人物たちが何について語っているのか曖昧模糊としており、また意図的に語り落とされている情報もあるなど、構成はかなりトリッキーだ。明らかに意外性を狙っていると思われる箇所もある。
しかし、作者は完全なるミステリの執筆を意図したわけでもないだろう。意外性を狙いすぎて小説の結構を壊すことはしていないし(だから、おそらく多くの読者が比較的早い段階で真相に気がつくはずだ)、事件の構図が明らかになった後の展開――奇妙な犯罪に関わった人間たちの心理状態の探求――こそ、作者が真に描きたかったことだと思われる。そしてその部分は「さすが佐藤正午」と思わせられる見事さだ。ただ、まさか佐藤正午がこのようなネタで(しかも技巧を駆使して)小説を書くとは思わなかったので、そのことで意外な感に打たれた。おそらく本書にもタイトルだけ登場するある作品に触発されて筆を執ったのではないか。
トリッキーな構成を採用したためか、記述の重複箇所が時折見られ、中盤やや冗長に思われるのは残念。だから不満はある。しかし、これほど緊密な犯罪(を巡る)小説を書ける作家がいまどれだけいることか。やはりこれは傑出した作品であり、ミステリ・タッチの文芸作品がお好きな方はぜひ手にとってもらいたいと思う。行間に流れる硬質なセンチメンタリズムが素敵だ。未読の『5』も急いで読まなければ。
あと、読み終えたあとは必ず冒頭を読み返していただきたい。読み進めるうち浮かんだ「この主人公はどうしてこんなに事件を追いかけなければならないのか」という疑問の回答がここに記されていて、それは読み終えた後だからこそ印象に残るものだからだ。