楽昌珠

楽昌珠

楽昌珠

本を開いたら、あれよあれよと一気に読み終えてしまった。面白い。
ファンタジーの衣を纏い、ファンタジー的なアイテムが登場するが、基調は唐王朝の権力闘争を描いた三部構成の時代小説。というより、ファンタジー的なアイテムも登場する時代連作ミステリと言い切っても問題無いだろう。則天武后の政権下、足を掬うか掬われるかの権力争奪戦に見事などんでん返しを仕掛けた「楽昌珠」、覇権をめぐり一触即発の空気が漂う宮中で起きた連続殺人の行方を追う「復字布」、覇権争いに終止符が打たれた後の後宮で繰り広げられる美妃たちの熾烈な争いを描いた「雲門簾」の三部から成り、なかなかの読み応え。
本のどこにもミステリを思わせる言葉は見当たらないので、今回はミステリではないのかな、と思いながら読み始めたところ、まず「楽昌珠」で作者の企みに引っ掛けられた。表面上はミステリではないが、読み終えてみるとミステリ的に美しい構成が採られていたことに気づかされる「雲門簾」も好ましい。そして、真ん中の「復字布」は時代物としてもミステリとしても本書最高の盛り上がりを見せる力作で、手の込んだプロットを楽しめる。三人の主人公たちも魅力的で、とりわけ女傑・七娘の造形は見事だ。
ベースは飽くまで中国時代物なので、ふつうのミステリファンにはハードルが高いかも知れないが、話題にならずに消えてゆくのは勿体ないなあ、と思う。ファンタジーの外枠が必要だったかどうかは正直疑問だが(権力闘争も長い歴史の中では一夜の夢――という考えから生み出された設定なのは判るのだが、こちらはあまり成功しているようには思えない。ミステリ的にも、ファンタジー的なアイテムが登場することで鋭さが失われてしまったような部分がある)、森福都の著書は話題になる機会が少ないので、もう少し注目されても良いのではないか。