月芝居

月芝居

月芝居

『蒼火』(文藝春秋)で大藪春彦賞を受賞した時代小説作家の第四長編だが、面白いのに、中盤までたいへん読みにくく、実に勿体ない。
名前のみ登場する人物も含め、登場人物が多いのだ。そして、大した人物紹介もなされないうち、次から次へと新顔が現れるので、頭の中で整理するのに苦労させられる。次に現れても誰なのか思い出せなくなるので、人物配置やストーリーの全体像を把握するまで気が抜けない(誰が主要登場人物なのかよく判らないので、誰を覚えていなければならないのか中盤まで判断し難いのだ)。また、この作家のこれまでの作品と同じように、脇筋のエピソードを盛り込みすぎで、だから登場人物もいきおい増えることになる。たとえば、敵方の仇討ちの設定などどうして必要だったのかよく判らないし、主人公の味方にこれだけの人数が果たして必要だったのかも疑問。逆に、端役で遠山景元を登場させるのなら、一瞬でも水野忠邦鳥居耀蔵を登場させて読者に彼らを印象づけるべきだったのではないか、とも思われる。
勿体ないのだ。本業の建築・都市環境開発の知識・興味を活かしたテーマの選び方はいつも新鮮で、今回は拝領屋敷と土地に纏わる黒い金の動きという、およそ時代小説ではお目にかかったことの無いテーマが用意されていて実に興味深い。また、この作者はシンプルな内容でも、おそらく充分に読者を惹きつける力がある。主人公の居候先の留守居役との関係(しだいに仲良くなってゆく)など微笑ましい限りだし、主人公の愛人の女元締が喧嘩の仲裁に入る場面も胸のすくような鮮やかさだ。別にデビュー作『夏の椿』(文藝春秋)とも違ってミステリ的に込み入ったことを狙ってもいないのだから、もっと自信を持ってシンプルさを心がけてほしいと願う。
とまあ、不満はありますが、前作『白疾風』(文藝春秋)よりは数段面白いと思います。