禁断のパンダ

禁断のパンダ

禁断のパンダ

第6回このミス大賞を受賞した美食ミステリ。
ミステリとして特徴が無いのは各選考委員の指摘するとおり。真相があまりに意外性に欠けるし、最初から怪しい人物は最後まで怪しい上に犯人である、というのはちょっと苦しい。ミステリから離れて考えても、小説として明確な欠点が満載というわけではなく(よく描けていると言えば言える)、青山刑事の造形など、ちょっと工夫すれば面白くなりそうな要素も見られるのに、不思議と盛り上がらない。
一方、美食の記述は、たとえば池波正太郎の作品のように、シンプルな料理を描いているはずなのに食欲(摂食)中枢をダイレクトに刺激してくるようなものではなく、「(食べたことが無いので)この料理、食べてみたいな」「この食材の組み合わせ、どんな味がするんだろう」と思わせるタイプの記述であって*1(要するに未知の料理に対する関心を惹くものであって、お茶漬けを美味しそうに描いているわけではない)、並み居る選考委員の絶賛ほどには心を動かされはしなかったが*2、新人でこれだけ書ければ立派なものだと思う。
ただ、今後この作家が美食小説で一家を成すには、物語作家としての成長が必要だろう。また、なんとなく、不慣れなミステリを書いてみたためにいろいろな要素が噛み合わずつまらなくなってしまったような気がするので、噛み合ったときにどんな作品になるか、ちょっと興味がある。今後の研鑽を期待したい。

*1:この傾向における本邦最高峰の小説は海老沢泰久『美味礼讃』(文春文庫)だと思う。近年では何といっても北森鴻の諸作が素晴らしい。

*2:とくに「味覚そのものをここまで的確かつ典雅に描く筆致は只事ではない」という茶木則雄の評は不思議なものに感じられた。