掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南

掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南 (講談社ノベルス)

掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南 (講談社ノベルス)

第38回メフィスト賞受賞作。最後まで読めば結構好みの小味な謎解きものだったが、いろいろ思うところもある。
一つめ、作品に鏤められた怪談がどれもまったく怖くない。いちばん良いと思った「木の上の上半身の女」のエピソードは、しかしその内容がほとんど本筋に絡んでこなくて残念だった。*1
二つめ、登場人物の存在感が薄い。途中で「えーと、このひと殺されたんだっけ、生きてるんだっけ?」と本気で忘れてしまい、また序盤では、登場人物の区別がつかなくて困った。さらに、本書の笑えるラストは素晴らしいと思うが、甚十郎と同じく「誰だっけ?」と困惑してしまったのも正直なところ。
三つめ、これは必ずしも弱点とは言えないが、この作家も京極夏彦作品が好きなんだろうなあ、と感じた。本書は時代小説としての側面を持っているが、時代小説本来の味わいはあまり感じられず、藤沢周平山本一力*2の著書と並べるよりは、京極夏彦の『巷説百物語』と並べたほうがしっくりくる(おそらくは、本書の怪談尽くしの趣向も京極作品が基になっているのではないか)。ただ、時代小説ファンはたぶんここまで手を伸ばさないだろうから、これはこれで良いのだろう、とも思った。
というわけで、いまひとつ気乗りせずに読み進めていたのだが、結末で展開される謎解きは案外しっかりしたもので、一気に好感度が上がった。やや真相が判りやすいような気はするが、きちんと手は込んでいると感じたし、個人的にもこういう構成のつくり込み方は好み。今後小説的技術に長ければ、それなりに良いものは読ませてくれそうな新鋭の登場――と言って良いかと思う。

*1:なお、怪談は飽くまで怪談として出てくるのであり、怪異が島田荘司ばりの豪腕をもって合理的に解決される、という趣向は見られないので(一部の怪談には簡素な謎解きがついているけれど)、余計な期待は禁物である。

*2:ちなみにこの二人はともにミステリファンの鑑賞に堪え得る時代ミステリを書いており、山本一力日本推理作家協会賞の候補にも挙げられたことがある。