紅雲町ものがたり

紅雲町ものがたり

紅雲町ものがたり

生きていると辛いことが多くて、それでも生きていかなければならないのなら――
オール讀物推理小説新人賞受賞作「紅雲町のお草」にはじまる連作集で、帯には「おばあちゃん探偵、走る!」と書いてあるが、推理に重点が置かれているわけではないのでミステリとは言い難い。しかし陰影に富んだ人物造形と静かな筆致が印象的な、まさに大人が大人の読者に向けて書いた小説である。
「おばあちゃん探偵」と言われると、ほのぼのした小説のように思えるが、実情は違う。たとえば表題作では、主人公の草(そう)がある家庭で行われている虐待に気づき、心配でマンションの周りをうろうろしていたら警官に痴呆と間違えられ、そのことで草は心ない噂に曝されたりする。生きていると辛いことが多いのだ。それでも生きていかなければならないし、生きていれば時には暖かな灯りが目に入ることもある――本書はそういった味わいの作品集である。そして文章が印象的。「この日の雪が始まりだった。『あさってには春が来る』」「草は背中を湿った刷毛でなでられたような寒気を覚えた」など、時折、さりげないがはっとさせられるような表現が現れる。こういった新鋭は将来が楽しみだ。
正直なことを言えば、ネタの拾い方は平凡で、高齢層に比べ若者の描き込みは平板であり、事件を描くと偶然性に頼ってしまうところもあって、物足りないと感じるところも無いわけではない。ただこの新人作家には、深みのある視点と文章力がある。今後の活躍を期待したい。なお集中では「0と1の間」が最も印象的だった。