三幕の殺意

三幕の殺意 (創元クライム・クラブ)

三幕の殺意 (創元クライム・クラブ)

堅実なフーダニット、プラスアルファ。
『錯誤のブレーキ』(講談社ノベルス)から七年、中町信待望の新作長編である。1968年に発表された中編「湖畔に死す」(単行本未収録)の長編化だが、単に長編化ということに留まらず、新たな着想が盛り込まれている。中町信ほど長年の執筆活動にもかかわらず人物描写が上達しなかった作家は稀だと思うが、今回も書割のような登場人物が味気ない会話を交わす、つまりはいつもの中町らしい長編に仕上がっている。それでいいのだ。中町はそういうミステリ・ライターであり、小説的な魅力が無くとも本格ミステリ作家としてやるべきことをやってきて、長年ファンに愛され続けた作家なのだ。ミステリファンとしては、こういう作家に小説的な完成度は求めないというのが正しい態度と言えよう。
さて、今回は〈読者への挑戦状〉も付与された、愚直なまでのフーダニットである。愚直なまでのフーダニットといえば、前述『錯誤のブレーキ』のひとつ前に発表された長編『死者の贈物』(講談社ノベルス)もなかなかの佳作だった記憶があるが、今回はフーダニットの興味のほか、さらにふたつの趣向が待ち受けている。これがこの作品最大のポイントなのだが、未読の読者の興を削ぐのでここでは明記しない。張られているのがかなり奥床しい伏線のため、ラスト三行に作者が込めた企みを見破るのはなかなか難しいように思えるが*1、企みそのものは「ああ、やってるな」とニンマリしてしまうような趣向であり、楽しませてもらった。作者は既に七十を超えているが、是非とも発奮して戴き、さらなる新作の発表を大いに期待したい。
なお、解説の趣向は正直邪魔で、作品本来の読後感に別のニュアンスを上書きしかねない危険を孕んだものだと思う。こういう形で自己顕示欲を発露するのはやめてもらいたい。

*1:アリバイ・トリックのほうも、時代性のために若い読者がこれを見破るのはたいへん難しいように思われるが、犯人に辿り着くための推理の道筋を他にも用意しているところが律儀なこの作家らしい。