官能的

官能的――四つの狂気 (ミステリー・リーグ)

官能的――四つの狂気 (ミステリー・リーグ)

谷村からこきおろされて頭に血がのぼった助教授は、再び変態を果たしたのだ。まだ終齢幼虫にすぎなかったバッタが最後の皮を突き破って翅を持った成虫に変わったように、南には思えた。(70ページより)

いったいどんな光景が目の前で展開されたのでしょう。
それはさておき、『本格的』(原書房)中の一編に登場した変態増田米尊助教授が、遂に一冊の連作の探偵役となって登場し、相変わらずの変態ぶりを発揮しながら事件に挑んでいる。驚いたのは推理の過程で、増田助教授は興奮しながら(!)完全に的外れとしか思えない異次元推理を展開するのだが、完全にとは言えないものの、その異次元推理でもいちおう正解に辿り着いてしまうのだ。これは、推理の道筋が完璧でも結局は真実に辿り着くことができない探偵役を描いた井上夢人の『風が吹いたら桶屋がもうかる』(集英社文庫)と正反対の趣向であり、この試みには意表を衝かれた。さすが鳥飼否宇。実際に書くとなると相当大変だろうと思われる増田の異次元推理が実にさまになっているところにも感服した。ついでに、増田助教授の推理力を高めるためにいちいち彼を罵倒してやる谷村刑事も可笑しい(増田のどれだけ良き理解者なのだ)。
あと、この連作のタイトルはいずれもジョン・ディクスン・カーのパロディになっているが、しかし鳥飼否宇は本質的にカーではなくやはりチェスタトンに近い資質の持ち主なのだろう。第二話からは明らかにチェスタトンへのオマージュが感じ取れて愉快だった(あるマークの登場と真相の関連性、また殺害トリックなどの点において)。
ラストの趣向は不必要ではないかと思わなくもないのだが*1、意欲的なミステリとして好感を覚えた。『本格的』よりも普通のミステリとして楽しめるように思う。星野万太郎、五龍神田、そしてお馴染み谷村・南刑事が脇を固める点でも、ファンには読み逃せない作品。

*1:こういう趣向は最初は目新しかったものの、収録された各編が優れていればそれぞれの完成度に傷をつけてしまうし、逆に優れていなければ完成度が低いことへの言い訳に見えてしまう。