モザイク事件帳

モザイク事件帳 (創元クライム・クラブ)

モザイク事件帳 (創元クライム・クラブ)

これほど作者の執筆中の薄笑いが思い浮かぶミステリも珍しい。
才人小林泰三の、『密室・殺人』(角川ホラー文庫)以来となる久々の本格的なミステリ。とは言っても小林泰三のミステリが一筋縄でいくはずもなく、全編通して人を食ったというか意地が悪いというか、そんな短編がずらりと並ぶすばらしい作品集である。完成度的には冒頭の犯人当て「大きな森の小さな密室」が最も印象的だが、本書のハイライトは?と聞かれたら、誰もが「更新世の殺人」と「路上に放置されたパン屑の研究」を挙げるに違いない。もう「とにかく読んでみてください」としか言いようのない「更新世の殺人」は、バカミス専門作家との格の違いをまざまざと見せつけるかの如きすばらしさ。なんと小林泰三が〈日常の謎〉に挑戦している「路上に放置されたパン屑の研究」は、しかし〈日常の謎〉好きの読者の心に泥を塗りたくるが如き真相を用意していて、これまたすばらしい。出来の悪い「氷橋」と出来の良い「自らの伝言」(←駄洒落タイトル)が並んで収録されている点もまことに人を食っている。「正直者の逆説」は……真面目な読者は読んで怒っていただきたい。前半などただのドタバタが展開されるだけで謎解きにはまったく関連が無い。しかしいろんな意味ですばらしい。
ただ、本書の最も凄いところは、これだけやりたい放題なのに、取り敢えず全編を通してマトモな謎解きが用意されているところか。おそらく本格ミステリには愛の無い、しかし技巧は第一級の作家が薄笑いを浮かべながら書いた、稀有な作品集と言える。おすすめ。