隠蔽捜査

隠蔽捜査

隠蔽捜査

あまりに普通でびっくりした。
断っておくが、面白かったのだ。だが、これがなぜ今野敏のブレイク作品になったのか、よくわからない。やはり警察官僚が徹頭徹尾正義を貫くという構造が日本人受けしたのだろうか。正直、本書より面白い作品を今野敏はこれまで最低五冊は上梓していると思うので(とくに最高傑作のひとつ『ビート』は刊行時あんなに話題にならなかったのに)、個人的には納得がいかない。もうひとつ、本書がミステリではなかったことにも驚いた。
読んでいる最中の爽快感、というか快感はかなりのものだ。しかし手放しでこの作品を褒める気になれない理由は、主人公たる警察官僚が「変人」であること、この一点に尽きる。変人だからこそ、己の正義を貫く際、普通の人間と比べて精神的なハードルはかなり低くなる。勿論、作者はこの小説を書く際にあたって、如何にもそういう人間を創造して主人公に据えたのだろう。だが、きわめて普通の人間が腐敗したシステムに、怯えたり迷ったり保身に走りたくなったりしながら、それでもそのシステムの瓦解に挑もうとする小説のほうが断然素晴らしいと思う。『隠蔽捜査』はそういう小説ではないのだ。主人公の苦悩はほとんど感じられない。いま読みかけの続編『果断』(新潮社)では、もはや主人公が水戸黄門化してしまっている。印籠(権威)を持った主人公が悪を裁くのだ、それはたしかに一般受けするだろう*1。こんなことを書いている自分だって、実はこの手の話はかなり好きだ。しかし素晴らしいとは思わないのである。
というわけで、抜群に面白かったものの、ややがっかりした。

*1:考えてみれば内田康夫の名探偵、浅見光彦もそういうキャラクターですよね。