あぽやん

あぽやん

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鮮やかなビルドゥングス・ロマン。おそらく今年を代表する快作のひとつになると思う。
『八月のマルクス』(講談社文庫)で江戸川乱歩賞を受賞した作家の、初の非ミステリ*1。成田空港で働く青年を主人公に据えた成長小説で、序盤は正直そんなに印象的とは感じられなかったことは確か。主人公も取り立てて魅力的とは言い難い。しかしこの作品、三話目くらいからいきなり盛り上がってくるのだ。空港に勤務する主人公の同僚たちが出揃い、主人公は数々の体験の中で自らの職業に徐々に意欲を見せ始める。それに従い、成田空港という舞台も活き活きと輝きを増し始めるのだ。あとはラストまで一気呵成に読み切った。
新野剛志の作品は、筆力は認めるもののミステリとしての弱さ(不自然な点を払拭できない)と不必要な長さがどうしても気になったものだが、ミステリから離れ連作形式を採用した結果*2、これまでのキャリアの中での最高の作品を書き上げたと思う。たとえば乃南アサの『ボクの町』(新潮文庫)のような作品がお好きな方には(あれほど感動を煽るようには描かれていないが)断然のお勧め。

*1:とはいえ本書では連作形式が採用されており、その中の一話「ねずみと探偵」はミステリとしても楽しめる。

*2:作品集は現在のところ『どしゃ降りでダンス』(『クラムジー・カンパニー』改題、講談社文庫)しか刊行されていないが、もともと短編のほうが巧い作家だったと思う。